【拾集物語】 (十七) (渡邊玄察日記)

        【渡邊玄察日記 ご子孫の方 県立図書館に寄贈】
       江戸時代の熊本などの記録を日記調に記したものです。
渡邊玄察
【拾集物語】 (十七) (渡邊玄察日記) をきょうも記したいと思います。
渡邊玄察が毎年の出来事を年毎に事細かに日記帳に書いたものです。

一、同(天和、テンナ)二みつのへのいぬ(壬戌)の年 (1682年)
此年天下一同に小山田彌市郎と申人を御尋の御穿鑿(センサク)有り 此年之三月當嚴島宮へ石之鳥居立つ 此年之四月鳥居よせのおどり致候 此年之五月八日迄七日嚴有院樣三囘(カイ)之御法事に法華經千部遊御執行候 此年より寺社方御郡奉行衆之御直支配に成る 此年寺社に被仰渡候御觸状
一筆申觸候根元知兼候牢人なと無之候哉前々并當正月以來一人に念を入申樣にとの仰付にて候間若左樣之者共寺社内に居申候はゞ早々可有其沙汰候 根元不慥者石置不被申筈に候間此以後も其覺悟にて早々御申出可有候爲念候間此觸状に御判形候而可被差越候以上
  いぬの
  四月十六日        辛川 九兵衛
                  松村久右衛門
         何寺
         何社
此年之六月 小山田彌市郎事に付又々被仰渡候覺小山田彌市郎事當二月十四日に坊主に成り其後なでつけにいたし候由相聞江(エ)候ひたいをもたてちいさくいたし候由に候間いりずみも見江(エ)かね可申候自然虚無僧などの中く入紛可有之候御代官所私領并領内にあり候寺社領之中令穿鑿(センサク)紛敷者於有之は早々江戸町奉行所へ可申來者也
  戌(イヌ)の
       六月日
右之通從江戸被仰出候間此旨可被相守候以上
 戌七月十九日 段々下り候間御兩御郡衆
此の年右彌市郎事に付寺社方より仕上候書物之覺
 今度從 公義被成御尋候小山田彌市郎かと無心
元存候者私社内に居不申うさんなる者未會申候はゞ早速其沙汰可仕候此の儀下々にも堅申付置候以上
  戌の天和二年(1682年)七月日   渡邊安藝掾
      松村久右衛門殿
      辛川 九兵衛殿

一、同(天和)三みつのと(癸)の亥の年 (1683年)
此の年太猷院樣第三十三囘忌之御法事に法華千部妙解寺にて被遊御執行候 此の年より甲佐作之丞に御惣庄屋被仰付候 此年糸田村庄屋百姓口舌事申出公義より被遊御穿鑿庄屋百姓五人御誅罸(チュウバツ) 此年之五月廿八日將軍綱吉樣之御若君樣徳松樣と奉申候被遊御他界候淨徳院樣と奉號候 此年田畠滿作 此年より名主御惣庄屋其外御奉公人衆段々かたなさし申候事御法度に成る 此年より金并ぬひもん御法度に成る



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【拾集物語】 (十六) (渡邊玄察日記)

          【けさの夜明け前 6:02頃 未だ薄暗い】
夜明け前2
【拾集物語】 (十六) (渡邊玄察日記) 肥後文献叢書第四巻 をきょうも記したいと存じます。

一、天和(テンナ)改元かのと(辛)の酉の年 (1681年)
此春家忠樣御五十年囘(カイ、メグル)之御法事熊本往生院にて浄土三部經之千部被遊御執行候 此年嚴有院樣御一周囘之御法事熊本にて法華經千部被遊御執行候 此年之二月阿蘇神主殿へ御病用に被召候て數日致逗留候間に身を清め申候て阿蘇殿へ御座候御寶物一拜被成御免奉拜候其色々あらましの覺

一 阿蘇明神の御由來御書
一 神主殿御神孫之御系圖書
一 阿蘇社家衆同斷社頭吉見之由來
一 忝(カタジケナク)も後奈良院之御勅筆
一 阿蘇神主惟豊公に從二位之口宣御綸旨
一 御内裏衆より惟豊公へ被爲進候御添状
一 正平十三年にか薩摩之國主職あそ神主 被遊御御勅許候との御綸旨
一 阿蘇山衆徒衆大宮司之任下知に天下之祈禱可仕との御綸旨
一 あそ四ヶ社の神事無怠慢從大宮司執行可有との御綸旨
一 あそ大宮司へ九州を引率し鎌倉へせめのぼり逆徒追罸可仕との御綸旨
一 あそ神主殿御代々以前御官位被遊 御勅許候御綸旨口宣數通
一 尊氏直義鎌倉にて逆心をかまへ候不日にせめのぼり可追罸との御綸旨
  惣而口宣綸旨新古百五十餘之内荒増奉拜候 
  外に
一 頼朝公之御書
一 北條殿御代々之御書
一 新田左中將之御書中にも戰場より被進候と相見申候はうすききぬきれの白きをきりさきかなまじりに御書被進候御直筆之御手紙一通惣而尊氏之御書三通か拜見仕候

一 直冬之御直筆之御状
一 今川了俊之御状
一 ふをんじ殿之御書かも
一 筑紫小貮殿之御状
一 從薩摩あそ宮への御願書
一 從大友殿阿蘇殿へ被進候御状數々
一 從菊池被進候御状數々
一 あそ相良御一味被成向後可被仰合との御誓紙書物阿蘇殿之御證文は八代白木社へ相良之御證文は阿蘇宮へ互に被成御奉納被置候と申傳候實正にて候は右之通之相良殿之御證文一通御座候

一 從太閤樣阿蘇殿へ三百町被爲進候との御書出御一通
一 從清正公被進候御折紙
一 御當家從御代々樣御書出之御箱奉頂戴候御はこながら奉拜候冥加怖く奉存
  御書出は不奉拜候

一 下野御狩之御繪圖
一 右之御寶物者蜀紅之錦御袋に被為入被召置候
一 馬之角をも見申候

【拾集物語】 (十五) (渡邊玄察日記) 肥後文献叢書第四巻

        【復興願い 夜空に”大輪”熊本市江津湖】
         雨の中、大輪の花が夜空と湖面に彩った。
花火3
【拾集物語】 (十五) (渡邊玄察日記) 肥後文献叢書第四巻をきょうも記したいと思います。

一、同(延寶)四ひのへたつ(丙辰)の年 (1676年)
此年矢滿下宮邊に令隱居候 此年四五月數度大洪水去今年之水損に御國中數萬石之水あれ有之候由致取沙汰候 此年の夏中に水におぼれ死候もの多し 此年かみなりすくなし 此年七月三日に大風ふく廿町の新地鹽塘數人數にてつく 此年の夏牛瀬村の川ばたとも大水にてきるゝ

一、同五ひのと(丁)の巳の年(1677年)
此年手足脚気自分(玄察)相煩ふ灸治にて快氣

一、同(延寶)六つちのへ(戊)午の年 (1678年)
此年より御國知行取の御衆御上知に成る

一、同七つちのと(己)の未の年 (1679年)
此年彦山宰府高良山博多福岡致見物候 此年ほうき星四五夜見ゆる 此年山崎小路に火事

一、同(延寶)八かのへ(庚)申の年  (1680年)
此年古庄兵衛殿上江戸跡より一言差立申候 此年五月八日に將軍家綱公被遊 御他界候嚴有院樣と奉申候 此年右馬頭樣將軍之宣旨被遊御頂戴天下御治世 此年大きゝん餓死多し 此の年飢人兵粮從公儀被下候 此年熊本御城下町そも爰(ココ)にてかゆをにさせられ飢人共に御くわせなされ候 此の年御順見衆被遊御廻候諸國に 此の年より在々種子光利分いなか/\うわ木運上被遊御免候熊本町かゝり物同斷

【拾集物語】 (十四) (渡邊玄察日記) 肥後文献叢書第四

          【大天守閣修復工事】
  あるホテルのレストランから撮影 元NHKテレビ塔が邪魔でした。
大天守閣修復工事1
【拾集物語】 (十四) (渡邊玄察日記) 玄察が、毎年の出来事を書き記した日記です。

一、同(寛文)十二みづのへ(壬)子の年 (1672年)
此年之二三月長谷川十太夫と申紛者御せんさくにて非人乞食に至迄御穿鑿(センサク)にて御郡奉行衆御郡々々に多日御逗留 此年雷すくなし 此年田にはむし大分おゝし 此年六月土用に涼しき事初春にひとし 此年有安村之川ばた石垣になる 此年之二月八代御城雷火 此年中村庄兵衛殿御知行二百石御拜領 此年之正月十八日に休閑矢滿下の屋敷たつる地つちをひきたいらむる事は糸田村の産子衆四拾五人中横田村九兵衛と申御百姓之家をかひ候てときもち夫上早川村産子衆六拾人餘かや三拾餘駄梅木村産子衆家を作事南北早川村産子衆 此年之春阿蘇神主殿に召れ休閑上假名を勝太夫と被仰付候 此年之春田畑能作之祈願に甲佐三宮之宮寺神宮寺にて胡摩之供有 此年玄察ざしき立る大工八代之住横山次左衛門 此年女のしわがれ聲にて春夏の間向ひ川原其外にも當所にかぎらずなく聲きこゆる 此年御船法光寺ひらむきの堂に成る 此年座敷前之泉水作る 此年おこり痢病はやる
此年の八九十十一十二日明る六月迄に牛こと/\く死す

一、延寶改元みづのと(癸)の丑の年 (1673年)
此年の春八代御城雷火にて前々書出候通に火事跡矢ぐらたつ 此年の春も甲佐神宮寺にて耕作御祈禱之胡摩之供有之 此年六月八日土用之中に大風ふく 此年五六月折々洪水 此年の九月廿一日寅刻に火玉東より西へとぶ 此年おこりあかはら白はらのやまひ流行 此年國南の關にて藤田事あり

一、同二きのへ(甲)寅の年   (1674年)
此年八月十九日大風ふく 此年田作悪し 此年の暮に五こくたかし

一、同三きのと(乙)の卯の年  (1675年)
此年參宮致し伊勢高野山へ參り父母兄弟の日牌月牌たて證文取置候同氏安藝掾任官仕候吉田殿へ召連罷出致御目見江(エ)候某も御目見江(エ)致候 此年太守樣之御前樣被遊御逝去候 此年あその御十ふりあらし 此年四月中に大洪水十七度碧川に 此年藥王寺本尊藥師さいしく願主自分なり

【拾集物語】 (十三) (渡邊玄察日記)

        【大天守閣修復工事】
    某ホテル10階のレストランより撮影  元NHKのタワ-が邪魔に
大天守閣工事

【拾集物語】 (十三) (渡邊玄察日記) をきょうも記したいと存じます。

一同(寛文)十かのへいぬの年(庚戌) (1670年)
此年之正月十八日より當川筋御普請奉行に原田十兵衛殿朝香新之允殿御出 此年之四月熊本浄土宗之寺々同新光寺と五佛之口舌事あり筑後善導寺御出被在新光寺勝に成候て阿彌陀寺安養院阿彌陀寺隱居行故往生院流罪然者當國中之浄土坊主衆京都知恩院へ罷上及御沙汰新光寺まけに又なり新光寺流罪善導寺御隱居にて右流罪之御僧衆不殘熊本へ御歸寺 此年之六月より天下樣之尊諚にて御座候由にて在々町々に酒つくり候事御法度 此年之春夏秋比横野村之内玉虫より手潮村にかかる井手令出來候大庄屋木倉太郎兵衛見立にて候 此年之秋より商人尚更御法度 此年の夏米たかし 此年かみなりすくなし 此年の夏大日でり 此年細川左京殿八月御知行所津志田村に被成御出火矢を射給ふ津志田村川原より邊田見村下馬が原の下に火おつる 此年甲佐甚兵衛鬼丸屋敷へわたまし 此年あさう原村天神之像建立佛匠熊本呉服町五郎兵衛

一、同(寛文)十一かのと(辛)の亥の年 (1671年)
此年御船若宮明神修造 此年八九月中に四度 太守樣甲佐御やなに被爲成候 此の年の九月十五日に甲佐より堅志田之樣に被成御座候て日南久へ被成御座候 此年九月十七日に阿蘇神主宮内少輔殿熊本より健宮明神に御出即日私宅へ御出被遊御一宿候翌日甲佐三宮明神に被成御社參即日矢部男成明神へ御社參 此年之十月甲佐甚兵衛惣領龜松同神宮寺同社人右京同道候而御禮にあそ殿へ罷出候休閑も召連候 此年田にむしいりほかれいたし候

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